取り組み方も色々変わってきました。。。

今回は、今時点の私の落語に対する取り組み方について、書いておこうと思います。
今時点であり、今後変わるかもしれませんが。。。

今年に入って、色んな地方にでかけて、色んな落語会を見るようになりました。

と、同時に、8月の初独演会(でもないけど、まあ、自分で企画する自分が主役の会は初)に向けて、大阪にまで落語の稽古に行ったりして、色々、落語と向きあう自分の気持ちが変わりました。

ずっと、人に見せる以上、上手くならなければと思ってきました。
一生懸命でした。
自分がナカナカだなと思える高座をしても、お客さんによくわからなかったと言われたら、それは意味のない高座になっていました。

でも。。。

いま、「自分が楽しかったら、納得したら、それでいい。」と、まあ、ずうずうしい気持ちに落ち着きはじめました。

この経緯ですが・・・。

上方の古典落語をきっちりやろう、と思った時の、つまづきにあります。

現在、古典そのままにやっている親子茶屋ですが、
相当に言葉のイントネーションが上方の船場ではなくなっており、直さなければなりませんでした。
いま、8月に向けて、直しています。
米朝師匠の古典落語を、いじったりせずやろうと思っている以上、それは当然のことかと思います。
難しいけど。。。直そうと思います。

ただ、この、出来るか出来ないかは置いておいて、本寸法?の上方落語を、私が住む東京でやる場合、どうするか、という壁につきあたります。
今やっている親子茶屋だけのことではないです。
上方落語には、笑わせる対象が関西の人であって初めて、そのスピードや突っ込みの強さが活きるというのもあると思います。
では、東京のお客さんにあわせて、スピードを緩めたり、突っ込みをやわらかくすることで、これがはたして本寸法なのか?と。

東京で演っている私の落語は、江戸落語ではない。上方落語なのだろう、と思って近づけようとしていたけど、なんか、もう、やめようかなと思いました。。。

長崎には長崎の、高松には高松の落語がある。
江戸なのか、上方なのか、そんな事に拘ってない。
私は出身が関西なだけに、上方落語をちゃんと上方落語としてやろうと思って、向き合ってみた。
だけど、きっと認めてはもらえないだろう。どこで?大阪では。そんな気がした。
だえど、誰だって、その人なりに、その人の生きる場所で落語に取り組んでいる。

これからも、ちゃんと、上方落語には向き合おうとは思う。
でも、それが一番ではなくて、一番は、自分が楽しいと思う世界をお客さんに見せようと思うこと。
見たお客さんが、どう思ったかを吸収して、変更を加えていこうと思うこと。
プラス、ちゃんと古典落語をやるときは、理解しようとするけど、そればかり熱中しないこと。

大阪出身・東京在住だから、もう、何ものでもない私の落語を私が認めていこうと、
それは他人の落語の取り組み方に対しても厳しかった自分も、一緒に治していこうと。
そう、ダブルで思ったのでした。




アンケートからの、反省~~

落語会で配ったアンケートに書かれた感想は、隅から隅まで読んでいます。

時間がないとき以外、自分のところだけでなく、ほかの演者の感想も読んでいます。

反省会と称しての、寄席アフターで、特別いい褒め言葉を書いてくださった場合とかは、自分を絶賛し、全員からツっこまれるという、これまた落語会らしいボケ突っ込みをしながら読んでいます。

「おお、他の人のところが空白で、私だけが名人やって!解る人には解るんだなあ。」とか、

「なんだよ~~一回、オレのところに「ファンです」って書いたの、エンピツで消して、下の行に書き直してるよ。
 あんたのファンじゃなかったって、書いてて気づいたのかよっ!?」とか。

まことに楽しい飲み会になっています。

が、アンケート用紙を配るような会は、演者が向上したい場合に配っているので、飲み会では自分を絶賛して「すまんね」などといってても、ほぼ、お叱りのほうを心に留めて帰る場合が、私も含め、仲間には多いです。

自分の行だけを読んでいる訳ではないので、全員に感想を書いていて、自分のところだけ空白、などという場合は、激しく反省します。
無言の訴え、書けない=よくなかった、と受け止めて帰ります。
まあ、たくさんの方から、コメントを頂くので、面倒で書かなかったのか、無言の意思表示なのかは推測するのですね。

私は、9割りの人が、いいこと書いてくれても、1~2人、厳しい意見を書かれたら、どよ~んと持って帰ります。
これは、性分で、こういうところも朗らかに受け止め、落ち込まず努力だけできるようになると、落語ももっと楽しいものが出来るのでしょうが、ほんと、性格ですね。昔から、どうもマジメで暗いところがあるのです(笑)。

「ああ、高い声が聞き取りにくいか・・・」「ああ、短命、話としては好きでない、なるほど、確かに女がやるには反感もあるわな。」
などなど。

しかし、我がハズバンドと、太鼓の下座、千壱家一門はすごい。

いつも、落語会からの帰りの車内、二人で今日の下座はどうだったか、ほぼ、褒めちぎりあってる。
後部座席で、どよ~っんとしている私は、視界に入っていない。
失敗しても「あそこからの、取り返し方がよかったね~。経験だよね~。」などと、絶賛は続くよどこまでも。
(結構、間違ってたやろがいっ!←私の心の声))

この血はないわ~~。この家系、怖いわ~~。

でも、下座のふたり、よお、二人で稽古してるんです。

落ち込む帰路で、無視して盛り上がる運転席・助手席に、なんとなく救われている私なのでした。



金沢での落語会と、水戸での落語会

2つの寄席で、いづれもマクラはも一つ上手くいかなかったなー。

ほぼ知り合いのいない、会社の会議室での落語会。
もうひとつは、大ホールでの落語会。

会議室のほうは、ほかのメッチャ受けてる人のイメージで出て、反応がまったく違い(当たり前)撃沈。

大ホールのほうは、緊張して、いろいろ話しようと練習していったのに、その半分も話せず。。。
関西人だということさえ、すっとばして、本編に影響した。

でも、その割に、本編はまあまあいい感じで話せたと思う。
本編をマクラが足ひっぱってはあきませんがな。

次回へ、自分へのいいきかせ。

①マクラでウケようと思って、ウケてる誰かをイメージして出てはいけない。
本編に関係する、自分なりの考えを聞いていただく、という意識で話そう。

②お招き頂きまして、ありがとうございます、というのを最近忘れている。それを言うことで、また、落ち着きも取り戻せる。それをやりましょう。

③話す内容は、3つくらい、骨だけきめて、肉づけまで稽古してはいけない。絶対にそのとおりには、話せないのだから。あまりたくさんのことを話しようと思ってはいけない。

まだまだ、未熟だー。最近、ご近所でばかりリラックスしてやっていて、アウェーの場所での、小心者ぶり、大ホールでの緊張するところ、全部すっかり忘れていた。

日々精進だなー。。。


全ては修行

ちょっと辛いかも?と思うことがあると、これはレッスンだ、と、すぐ思う。
別に大した辛いことでもない。
しかし、それを大げさに捉えて、さらに修行とか、レッスンとか言って無駄に自分に負担を課す。
これはもう、M的なクセと言えよう。癖(へき)だね。要は、好きなんかも。。

恋人と別れた後に、ブライダルカメラマンアシスタントのバイトの修行もしたし?
さほどお酒好きでもないのに、ホテルのバーとかで本を読んで過ごす修行とか?
(本もお酒も好きではないので、苦行という意味では成り立っている。)
職場も友達も好きな人とばっかり過ごしてるから、苦手なこともせなあかん、会社でつきあわないような人とも付き合わないとあかんと、落語教室行ったり?
(落語は苦行の一環だったのよ。)

そう、あえて辛くなりたい好き???

前置きがながくなりました(いつも、前置きは長いです)。

やっぱし、犬という、ほかの家族とは違って、絶対に「家に必ずいる」という存在が無くなるというのは、帰宅したとき、ひど~~く喪失感があります。

旦那が家にいると、多少ごまかされるが(ごまかされる程度かいっ!)、出張とかに行かれると、家に「一人感」が、ものすごいの。。。

先日、家にかえってきて、ああ、一人や、、、と思った時、この癖が出た。

テレビをつける。
テレビってすごいね、一人なのに四人くらいと暮らしてる気になれる。

しかし、あかんあかん、ごまかしてはいけない。
一人なのだ。一人になれる必要があるのだ。これは、一人でも小粋に生きていくレッスンなのだ!

またまた、自ら勝手にレッスン(苦しい修行)を作り出す。

まず、テレビを消す。

家がシーン。。。

ここで、「私」を「小粋に一人で生きている女性」として設定する。

誰にしよ。。。そうだ!石田あゆみにしよう!

石田あゆみのつもりで、動きだす。

そうよ、あの人は、家でも着物で過ごしてたらしいじゃない。着ようかな。
いや、襟が汚れたら洗わないといけないから、やめとこ。
ええと、石田あゆみといえば、断捨離!あの人はモノをもたない主義だったのよ。
私も捨てられるもの、無いかしら。。。。
結構、、、、ないな、そう、私、絶対欲しいもの以外は買わないから、ないわ。

石田あゆみ、無理。
結局ベッドでヤフオクを閲覧して、寝た。
今回のレッスンは15分で終わった。

設定がうまく行かないと、行動は続かない。
でも、妄想は落語に役に立つ。

こんな感じで、私は日々過ごしている。落語修行は続いているほうやん。。。

こころ

いくら演技が上手くっても、人気があっても、何度も結婚して、3回は途中で帰らなくなったりして新しい女と住みだして、帰ってくると思って過去の奥さんみんな待つんだもん、などと言い放つ男の舞台は到底、見に行く気にはならない。。作品は作品、役者は役者、などと切り離せない辺りは、女っぽいのかなー。。。
その周りの幸せになってほしいと願った人の心を傷つけたことに、鈍感だよ。

シャイクスピア好きらしいが、そういう感性で表現できるもんなんだろうか。

役者は一人の個性を演じるけど、落語は違う。複数を演じる。

人間の心のひだみたいなのに、敏感でないと、両者を表現できないと思ってる。
でも、芸の為なら、女房もなかす~という落語家さんが居たな。
リアルで見ていないので何ともいえないけど、
子は鎹とか、芝浜とかも(芝浜は江戸の噺だけど)、心を打ったんだろうか。

私は実生活が非情だけど、落語は人情あふれるね、という人をまだ知らない。

片棒とだくだく

このところ、超忙しかった。
確定申告の資料作りに加えて、だくだく(改作)の台本作成と覚えること。

ウ~ンウ~ンと悩んで、やっと出した。3/11桜丘土曜寄席。
はっきりいって、徹夜に近い。
おかげで、今日3/13 まだ確定申告の資料ができて無い(笑)。

だくだく、であるが・・・

誰にも仕上がりを見せぬまま、出したのは初めて。
なので、私の度胸も座ったものよ。昔なら「誰にも見せていない」という事が頭を占めて、
落語を人前でするどころじゃなく、パニクってたのに。。。

思ったよりも、ちゃんとできた。

ただし、上下とかは、悩みどころ。これをブラッシュアップしていこう。
それと、「胸がドキドキしてきた、汗がダクダクでてきた。」という、重要なセリフも飛ばしてしまった。
お客さん、初めて聴いた人、「だくだくって何?」って思っただろうなあ。。。

1週間前の、吠えタヌでの「片棒」は、思ったよりウケなかった。

持ちネタの中では、昔、一番ウケた噺だったのになあ。。。
マクラがあかんかった、と母に言われる。

もっと内容よく吟味しないと、マクラのせいで本編スベるって、本末転倒だわ。。

さ、次は「花嫁のれん」の仕上げと、安芸ちゃんへの蟻の噺、つくりあげねば!!!

愛犬のこと

私がとっても大切に思っていた、愛犬きなこ君が、2/6(月)08:35 旅立ちました。
16歳と1ヶ月でした。
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おとなしく、無駄吠えせず、命令を良く聞き、聞き分けもよく、甘えず、頼らず、本当に
可愛げないぞ!というくらい、優等生の犬でした。
八丈島、沖縄、青森、飛騨高山、信州、たくさん一緒に出かけました。
新幹線では、4時間近く、ピクリとも音を立てず鞄に居て、荷物に徹し、
出してやれば、この上なく嬉しそうな顔をする可愛く賢い犬でした。

この、きなこ君のおかげで、名作落語「英国式ドッグスクール」も生まれました。
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どんなときも側に居てくれて、たくさんの喜びをありがとうという気持ちでいっぱいです。

これからは落語活動に邁進し、地方公演も、海外公演も何でもこいっ!です。

ただ、ま、稽古時間が、いつも、散歩の時間だった、というのだけが、気になるが・・・(笑)

写真は、
旅立つ5日前の公園にて「河津桜ときなこ」、
落語のネタになった「田園調布英国式ドックスクールでのきなこ」、
飛騨高山で「草原を駆けるきなこ」

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おまけとして、
箕面から目黒に引っ越して何か勘違いしだした飼い主が
 六本木ヒルズの4℃で犬用のネックレスを買ったときの
 「綺麗なお姉さんにつけてもらって、何気に嬉しそうなセレブきなこ」

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親子茶屋のデジタルハメモノ

親子茶屋のハメモノをレコーダで演る目処がついた!
再生の速度が再生中に段階的に変えれること、機械に弱い人間にも使いやすいこと、mp3がコピーして入れられること等々で相棒に探してもらい、今日ビックカメラで買ってきた。これはいいわ!
ちなみに、再生はロック調、がお気に。
さて、初のデジタルハメ、2/26使ってハメてくれるのは誰だ?
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落語と着物の関係・・・

こんにちは。舞歌です。

今日は着物と落語について。

私は常々、着物がどれほど落語に影響するのだろう、と気になっていました。

最初、落語のハウツーを何にも知らない頃、落語教室の発表会では意識的に紬を着ていました。

というのは、落語=庶民の芸能=高価な着物は似合わない と思っていたからです。

また、カッコいいな!と思ってた志ん朝師匠のCDジャケットも紬風。
どうやら、これは、お召しだったようです。

その後、私は人から、落語を人前でやる際にお客様に対してフォーマルな装いをする。すなわち、染めの着物を着ると聞きました。

これは、お客様に対して失礼がないように、なのか?はたまた、所作を綺麗に見せるためにゴワゴワした着物(紬)を着ないという理由なのかは私走りません。

しかし、そういう、しきたり的な事は趣味として「落語ごっこ」をする立場として、あわせていくからこそ、「ごっこ」である、とも言えるし、また、プロじゃないんだから、趣味なんだから、ある程度自分の思うようにやっても、いいんじゃね?という気持ちもあります。

結論として、私は、町の小さな会議室や集会所でする場合は、紬を来て出ることが多いです。
舞台に照明があたるような会場では、染めの着物を着ています。
しきたりよりも、TPOにあわせているといった次第です。

いい大島とかは、テロんとしていて、全くゴワゴワなんかしてない。所作の妨げになるとは到底思えない。
ま、紬も着たいから、というのが大きいかもしれません。

この事と、もう一つ、男着物を着るか、女着物を着るか、というのがあります。

プロで前座の女性は、男着物を着ています。

正直、私は違和感があります。女着物でいいんじゃないでしょうか?女なんだから。
地味な女着物もありますし。。。汚れるから?お金がない時期だから??でも、ほぼ全員、男着物です。。

おそらく、私が思うに、女着物だと、前座いわゆる下働きを男社会でさせずらい、のではないでしょうか。
男気のある男性ほど、女性を女として扱ってくれます。
ということは、女着物を着ている「ザ、女性」に、座布団を変えさせたりといった下働きをさせるところをお客様に見せたくないのではないでしょうか。男社会すぎるから。
だから、いつまでも、男着物を着させて、女を消させて前座仕事をさせるんじゃないでしょうか。

男女平等とするなら、地味目の女着物で、きっちり前座の仕事もしたらよいと私は思うのです。

これ、江戸だけなのかな~?

さて、今日書きたいことは、このことではありません。
ま、プロがどうするとか私が口出しできることではないので、私は感想として、「女着物でいいのにな。」と思うにとどめておきます。

で、落語をするとき、女が男着物で出るか、女着物ででるか?ですが。。。

似合っていれば、私はどっちでもいいと思います。でも、男性着物が似合う女性は少ないと思っています。

そして、落語に女性が出てくる話、特に色っぽい廓の女性とかが出てくる場合、女着物で出るべし、に1票いれます。

というのは、女が男着物で落語して、その中で女になると、混乱するんです。あれ?なんでこの花魁、男着物着てるの??と。。。

性別の2重変換はややこしい。だから、「女っぽい女性が登場しない落語に限って、女が男着物を着ても、着なくてもどっちでもいい。」に1票です。

で、先日。。。

香川の「春日家みっちさん」が、文七元結 を、女着物でなさいました。

すばらしかったです。私も実はやりたいと思った話でした。しかし、関西出身の私は、江戸っ子の男のバリエーションが難しいことが、先日の「紺屋高尾」でわかったので、江戸落語には、もう手を出すまい、と思っていたのです。

しかし、そんな私の気持ちをふっとばすくらい、文七元結に出てくる左官の父親が、奉公先の主人が、文七が、、、いろんなタイプの男でした。
男としか思わず、最後まで話の中に惹き付けました。凄かったです。

このとき、みっちさんの女着物を見ていない自分に気がつきました。

人情噺なので、感情が観客を惹きつけていく、それがほぼすべて。
その感情を必死で読み取り、自分の中で納得して、噺についていく作業で見ているのは、「目」「口元」そして、概要として「顔」。
その他、体や所作は、ピントが合ったレンズの周りにぼけているくらい、その話に違和感がなければ、想像で補っていた。

女着物とか男着物とかじゃなくて、着物を着てる男がそこにいました。

「バクチで身包み剥がされて仕方なく女着物を着ている恥ずかしい父親」という男も、そう見えました。

リアルには、きちんと名古屋帯を締めた女性が高座上に居るのですが、高座を降りるまで、それは目に入って入らないものでしかなかった。

と、言うことで。。。

私はこの体験を持って、いままでどうも「落語の話にあわせた着物を着て出てても、お客様はさっぱり覚えていない。」と感じていたことが腑に落ちたし、落語の中の登場人物をしっかり目で、口で、感情で表現できれば、どんな着物で出たって大丈夫なんだ、と思った。

ウケたり感動させれたりしていない時、着物のせいにしてるのは、演じる力が弱いだけ。

今後は、違和感のありすぎる着物は着ないとしても、あまり堅苦しく考えず、着たい着物をやっぱり着よう(ま、いままでもそういう傾向ではあったが)と、思っています。
今まではね、柄の着物を着るのでさえ、多少罪悪感を持って着ていたのですよ。。。

ちょっと注意しないといけないのは、かわいらしい着物でバッチシ決まったんちゃう?と思っているときは、自我が強くなりすぎて、着物を見てみて~という気持ちが強くなりすぎて、落語のなかに入れなくなる可能性が高まるということ。

それは注意しないといけません。。。

だから、出囃子が鳴ったら、着物のことなんか忘れて、着物なんか着てないくらいの勢いで出ていかなあきませんな!!



ん?いや、着物着ずに高座に平常心で座れたら、それはそれでアカン気するけど。。












あけましておめでとうございます。


2017年1月1日 舞歌です。

ダイヤモンド富士

昨年も、本当に応援していただきまして、ありがとうございました。
楽しい事、嬉しいこと、いっぱいありました。
まずは、落語を通じて、親しくなり応援してくださる方が出来たこと。
友達だから、知人だから、おつきあいだから、といって落語に来てくださるのではなく、
単純に私の落語を好きだといって来てくださる方が出来たのは本当に嬉しいことでした。
ありがとうございます。
今年も頑張ります。

ちなみに 高座数の推移です。
2016年 54席
2015年 52席
2014年 42席
2013年 29席
2012年 15席
2011年 11席 

毎年順調に?増えていきました。
しかし今年は、我が家の愛犬(16歳)が大病したこともありまして、
数ではなく、きっちりしっかりネタを覚える年にしたいなと思っております。

今年の目標は、親子茶屋の完成、花嫁のれん(創作)の完成、大会用10分落語の仕上げ。
この3つの新ネタをかけつつ、もう少し覚えたいかな。。。

どうぞ今年も応援よろしくお願いします。

最後に、私の自慢です。

千壱夜舞歌後援会、というのを作って応援してくださってる方々よりワインを頂きました。
夢のようなことですね。昔は他の出演者に待ってました!の声がかかるだけで憧れたものです。

今後も、今、応援してくださっている方々の心を離さないよう、精進していきたいと思います。

ワイン

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プロフィール

千壱夜舞歌(せんいちやまいか)

Author:千壱夜舞歌(せんいちやまいか)
神奈川在住。大阪府豊中市出身。
落語仲間とお稽古し発表。
過去は
※2008~2011年「桂文雀師匠」に師事。
※2013~2014年「古今亭菊千代師匠」に師事。

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